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043 自分に素直な西村さん

last update Last Updated: 2025-06-26 17:00:51

「どう? 二人共、落ち着いたかしら」

「はいです。つぐみさん、ありがとうございましたです」

「私も、何だか心が軽くなったみたいです。それに、その……覚悟も少しだけ、出来たと思います」

「それはよかった。はい三人とも、紅茶入れたよ」

 直希が持ってきた紅茶を飲むと、三人共ほっとした表情を見せた。

「ちょっとだけ、いつもより砂糖多めに入れたよ」

「全く……こんなことだけは本当、気が利くんだから」

「でもでも、おいしいです直希さん」

「本当……ほっとします……」

「まあでも西村さん、大事なくてよかったよ」

「そうね。これでちょっと、大人しくなってくれればいいんだけど」

「おいおいつぐみ、医者がそんなこと言っちゃ駄目だろ」

「……ふふっ、確かにそうね。ごめんなさい、西村さん」

 そう言って、つぐみが西村の部屋の方を向き、舌を出して笑った。

「それでなんですけど、今日一日西村さんとご一緒してて不思議だったんです。西村さんはどうしてあんなに、みぞれちゃんたちに好かれてるんでしょうか」

「あ、それ……私も思いました。いつもの西村さんを見てたら、その……」

「ギャップがありすぎる?」

「は、はい……そう……思います……ごめんなさい、西村さん」

 そう言って、今度は菜乃花が西村の部屋に向かい、頭を下げた。

「ははっ。でも、確かにそう思うよね、西村さんのことを知らない人からすると」

「直希さん、それってどういう」

「西村さんのことは、俺もつぐみもよく知ってるんだ」

「そうなんですか?」

「うん。生田さんと同じで、ずっとこの街に住んでるからね。何の仕事をしてる人か

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